【告知】『Re:Habilis ~失われた私とリハビリテーション~』
28歳で脳梗塞を発症した私から、右手足の力と言葉が失われました。もともと無口な私は夫へ想いを伝える術を失ったのです。いつかあなたにも知って欲しい。これから始まる私のリハビリテーション。
俯く白波百合を見て、進藤守は言葉を選ぶ。昔はそんなことはなかったのだけどな。と白波から漏れ出る過去の余韻が、思考を思い出にむけていた。
口腔ケアが食につながることはわかったとは思うが、単に不快と言うわけではない。口腔内環境が整うことで痛みも防止できる。特に終末期においては重要なことは理解できるかな。
終末期・・・そして痛みっすか?。終末期では誤嚥性肺炎を予防したりいつまでも口から食べられるようにできるために必要なことは理解できるっす。
ふむそうだな。口腔内でも新陳代謝は起こる。俺たちが普段気がつかないだけで剥がれ落ちてきた粘膜や、痰が口腔内に張り付いてしまうんだ。普段意識しないでも代謝されるものが、自分では難しくなる。
自分では難しくなる・・・と白波百合は言葉を反芻している。そうだなと進藤は白波に返す。同じ名前の主任はもういない。きっといなくなってしまっている。山吹薫もきっと同じに思っているのだろうな。と進藤は考えた。
あまり意識したことはなかったっすね。どうしても身の回りのことができなくなるとか、動きの面しか考えていなかった気がするっす。
それは仕方がないだろう?百合ちゃんみたいな理学療法士に求められる部分でもある。ただ知っておいて損はない。さっき話したように唾液の分泌量の低下によって自浄作用や潤滑作用が低下すると、俺たちと以上に不快を感じる。朝起きた時にはそうだろう?口が乾いてうまく言葉も出てこない。ひどく口か乾いていると、食事も取りたくないし不快だからと、うがいをする。まだ身の回りのことができない入院する高齢者や終末期の方は常にそうだとも俺は考えている。
当事者にならないと分からないことは多いっすね。自分は何もわかってなかったっすよね。
まずいことを言っただろか。表情を変えずに進藤は額に手を当てる。かと言って自分が悩んでいると白波はまた自分を責めるかもしれない。過去の自分ならどうしただろうか。進藤は考えつつも今は話を続けるしかない。変わらないように。
ただ知らなかったとしても知ることはできるし、できることもある。まずは一緒に口腔ケアを知ろうか。
はい!お願いしますっす!
よろしい。と言葉を返して進藤はこわばった笑みを白波に向ける。変わらないようにしても変わってしまうものだと、顎先に手を触れ過去から打ち寄せる記憶の余韻を振り払った。
白波百合の覚書 4
・唾液の分泌量の低下によって自浄作用や潤滑作用が低下する。不快感を伴う。
・自分たちが朝起きた時の状態が常だと考えておく。
・やっぱり気を使わせてしまっているっす。どうにかしないと・・・
【心揺さぶるストーリー!理学療法士×作家のタナカンによる作品集!】
小説の中では様々な背景や状況、そして異なる世界で生きる人々の物語が織りなされます。その中には、困難に立ち向かいながらも成長し、希望を見出す姿があります。また、人々の絆や優しさに触れ、心温まるエピソードも満載です!
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